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名将が語る 代表戦

セルジオ越後のサッカー中継降板の真相に名将が鋭く迫る!

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jarmoluk / Pixabay

2人の出会いは日本語学校

ボンジョールノ、諸君。

日本の放送局による映像でアジアカップを観戦していたのだが、1つ気になることがあった。それは私の友人でもあるセルヒオ・オブ・越後(セルジオ越後)が実況席というピッチに立っていなかったことだ。テレビ・オブ・朝日では松木安太郎との鉄板のツートップだったはずが、いつの間にか越後の席をゴン中山が占めていたのだ。降板の真相がどういったものかは決して公にされないだろうが、私は彼の行状を振り返って凡その推測がついた。おそらくあの事件が影響しているのだろうと……。

私が彼と知り合ったのは15年ほど前だっただろうか。私が日本の人たちと密にコミュニケーションを図ろうと東京のとある日本語学校に通っていた時分だ。同じクラスに日本人然とした腹の出た中年男性の姿が目についた。

彼に話を聞けばブラジル出身で、1972年に来日してJリーグの前身にあたる日本サッカーリーグでプレーしていたらしく、日本生活が30年を超えた今でもブラジルなまりが抜けず、その矯正のために学校に通っているとのことだった。その彼がすなわち越後で、私も自分の素性を明かすとすぐに意気投合し、以来親交を持つことになった。

論争に火が付き殴り合いも

彼とは学校帰りに場末の居酒屋で夜明けまでフッボル談議に明け暮れていたが、その意見はよく対立していた。例えば彼はエラシコ(ボールを外に叩く振りをし、内に叩き進むフェイント)を編み出したのは自分だと主張をしたが、私は編み出すも何もアルゼンチンでは古くからエラシコのような足技はストリートですら見かけることがあったと反論した。

越後「本当にあれは僕が一番初めにしたの」

名将「証拠は?」

越後「あのね、リベリーノも僕から教わったんだよ」

名将「そんな大物の名前を出しちゃ逆に怪しいよ」

越後「本当だよ」

名将「いつ教えたの? 何時何分何秒?」

越後「ホンロラロー(本当だよ)!」

彼は私に殴りかかってきた。論破されるとすぐに手を出してくるのが彼の習性だ。もちろん武闘派の私も黙ってはいない。反撃し、最後はいつも私のヘッドロックで彼がタップをしてお開きとなる。

ジーンズでの対立が事件の引き金に

またフッボル以外でも様々なことでも論争し、お互いの趣味であったジーンズについても口角泡を飛ばし合った。そしてこの論争が、越後のフッボル中継からの降板の遠因となったと考えられるのだ。

名将「『リーバイス』は別格として、2番手はやはり『EDWIN』だな」

越後「違うよ、『Lee』だよ」

名将「EDWINだ。安心の日本ブランドでもある」

越後「歴史が違うよ。Leeは1911年からやってる」

名将「歴史は質を保証するとは限らない。EDWINの質はブラッド・オブ・ピットも支持している」

越後「そんなこと言ったらLeeはジェームズ・ディーンだよ。ジェームズ・ディーンが好きだったんだよ」

名将「君はいつもそうだな。口から出まかせに知っている有名人を並べ立てる。ジェームズ・オブ・ディーンなんて軽々しく口に出すものではない。彼はアメリカのレジェンドだ。まだニコラス・オブ・ケイジと言った方が信憑性は増したと思うが」

越後「ホンロラロー! ジェームズ・ディーンが穿いてたんだよ!」

名将「いつ? 何時何分何秒?」

越後「リーラロー(Leeだよ)!」

また彼の拳が飛んできた。相変わらず私は彼を制してヘッドロックを決めるが、よほどLeeに愛着があったのか、それでも泣きながら「リーラロー」と叫んでいた。これが2010年の末のことで、年が明けた2011年のアジアカップ決勝であの事件が起きてしまった。

この動画の7分07秒のシーンだ。越後は私との論争に敗れた憂さを晴らそうと、公共の電波を使って、

「ホーラリーラロー(ほら、Leeだろ)!」

と公正であるべき解説者という身にも拘わらず、私情をシャウトしてしまった。明らかな公私混同だ。おそらくテレビ・オブ・朝日の上層部はこの事態を重く見て、以後フッボル中継から彼を排除することを決断したのだろう。

そういった意味では無慈悲に論破しまくった私にも少なからず責任があったわけだが、ジーンズの件以来、彼とは疎遠となってしまったが故、事情を聞く機会もないまま今に至っている。越後よ、これを見ていたら気兼ねなく連絡をくれたまえ。

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