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名将が語る久保建英 レジェンドの系譜を受け継ぐ神秘性とは?

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18歳でバルサ復帰報道

ボンジョールノ、諸君。

惜しくもアジアカップで優勝を逃し、やや気勢をそがれた日本フッボル界だったが、ここに来て実に明るいニュースが舞い込んで来た。

久保建英が来夏にバルセロナに復帰することで基本合意に至ったようだ。スペイン『ムンド・ディポルティボ』が報じている。

2011年の10歳の時、バルセロナのアカデミーに入団した久保。名門クラブの下部組織で実績を残してきたが、2015年3月、バルセロナは18歳以下の選手の移籍に関する規則違反により、国際サッカー連盟(FIFA)から処分を科され、同選手は日本への帰国を余儀なくされた。

この件から早4年が経ち、今年6月4日に18歳の誕生日を迎える久保は、第二の故郷であるバルセロナに復帰することを決断した模様だ。退団以降も、日本人FWの成長を見守っていたクラブは、今シーズン序盤から代理人との交渉を進めており、現在同選手が所属するJリーグのFC東京及び選手サイドと今夏の復帰で基本合意に至ったと報じられている。なお、スペインに復帰した際、久保は現在3部を戦うバルセロナBチームに所属することになる見通しだ。

(Goal.com)

久保建英が現在所属しているFC東京の大金直樹社長は交渉過程を秘匿するために「まあガセネタというか。どういう意図で出されたのかよく分わからないというのがクラブとしても受け止め方です」とヘタな芝居を打っていたが、水面下では着々と久保建のバルサ復帰が進められていることだろう。

記事のように久保建には在籍していたバルサがすぐに囲い込みを図ったが、様々なビッグ・オブ・クラブが彼に対して日々接触を試みていたことは想像に難くない。それだけ彼のポテンシャルは際立っているのだ。

まずボールを受ける体勢がいい。縦から来たボールに対して正面で受けるのではなく、半身に移行しながらも背負ったDFの死角となる位置にボールを置くことで相手の対応にギャップを作り、ツータッチ目でうまく前を向くことができている。

この細やかなプレーだけでも彼のクオリティーを説明するには十分だが、ドリブルにおいてもボールの足への吸い付きが非常によく、重心のバランスにもリズムがあるために体に負担なく角度を伴った切り替えしを行える。

パスの強弱やシュートの精度も申し分なく、あえて欠点を挙げるとすればフィジカル面だが、これもヒトシ・マツモト(松本人志)と同じジムに通えばクリアされることだろう。

日本サッカーに太く脈打つ系譜

しかし私が一番に特筆したいのはそういった彼の競技面ではなく、日本フッボル界に太く脈打つ系譜を継承するであろうその神秘性についてだ。日本人の諸君らであっても「系譜」と聞いて何か当てがついた人間はごく少数だろう。故にその謎を紐解くために、ここでフッボル狂の諸君らにいくつか質問を投げかけたいと思う。

元日本代表でドラゴンの異名を取り、「ひょっとこダンス」で有名な元フッボラーの名前は何かね? また現在ブンデスリーガのニュルン・オブ・ベルクに所属し、2代目スシボンバーと呼ばれている日本人は誰かね?

そう、前者が「久保竜彦」で後者が「久保裕也」だ。おそらくほとんどの人はもう気づいたとは思うが、30万種もあるという日本の苗字の中で、この「久保」という姓1つだけで既に2人の日本フッボル界のビッグ・オブ・ネームを輩出しているのだ。そして、その久保の系譜に現れた新たな才能が、久保建なのだ。ここでようやく私があえて久保「建」と表記していたことに合点がついたことだろう。

君は嘉晴を知っているか

ただ、それだけでは私が神秘性という言葉を使用したことに、やや筆が滑り過ぎたと見る諸君らもいるかと思う。確かに竜彦と裕也だけではそこまでの言葉を尽くすには若干役不足と見える。当然、私もその2人だけを想定して筆を進めていたわけではない。私はその2人の前に存在し、日本フッボル界を彗星の如く駆け抜けていったレジェンド・オブ・久保、久保嘉晴を念頭に言葉を紡いでいるのだ。

平成生まれのゆとりキッズたちには馴染みがないであろうから、彼の簡単なプロフィールをここに上げておく。

久保嘉晴

1974年7月29日生まれ。身長179cm、体重65kg、AB型。尊敬する選手は奥寺康彦、好きな選手は三浦知良とヨハン・クライフ。

久保嘉は中学時代に旧西ドイツのフランクフルトのジュニアチームに所属し、そこで天才と謳われ将来を嘱望されるが、留学期間を終えるとすんなり日本へと戻ってくる。ブラジルでの栄光を捨て、日本フッボル界のために帰国した憧れのキング・オブ・カズと自分を重ねたのかもしれない。

帰国後はヤマハFCに所属し、日本ジュニアユース代表にも選出されるが、自由なフッボルを追い求めて静岡県にある創立2年目の掛川高に入学する。フッボル部の選手兼監督としてチームを牽引し、そして2年時のインターハイ予選準決勝の掛川北高戦で、世界フッボル史上にも刻まれるあの伝説のプレーが誕生する。

伝説の11人抜きの直後に…

自陣ゴール前からドリブルを始め、相手チームの11人全てを抜き去り、マラドーナの5人抜きも霞むような独走ゴールを決めたのだ。フッボル漫画に描こうとしても、編集者から「小学生レベルの安易すぎる発想だ」と百パー却下されるであろうシチュエーションが現実に起こってしまったのだ。

以下がゴールを決めた直後の久保嘉の写真だ。彼らしい慎ましく控えめなゴール・オブ・セレブレーションだ。決して半ズボンの変な人が雨乞いをしているわけではない。

久保嘉晴

写真の画像が粗く幾分アニメっぽく映ってはいるが、90年代初頭のカメラとしてはごく平均的な解像度だ。

いくら高校生が相手だとは言え、相手選手全員を抜き去るという芸当はおそらくメッシにもできまい。それを成し遂げた久保嘉は近い将来に日本フッボルを違う次元に引き上げるはずだったが、ゴールを決めた直後に彼はピッチに倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。享年17(1991年8月9日)。死因はこれまたベタ過ぎる難病として編集者からは難色が示されそうな白血病であった。

輪廻転生の可能性も

このように夭折したため、久保嘉の存在は時代とともに人々の記憶から忘れられつつあるが、彼こそが日本フッボル界に脈絡と受け継がれる「久保」系の始祖だったのだ。そしてその系譜を継承する資格と技量を持ち、また久保嘉の生まれ変わりではないかと神秘めいたものを感じさせてくれるのが久保建なのだ。

ちなみに東京五輪での活躍が期待されていた競泳の池江璃花子選手が、18歳という若さで久保嘉と同じ白血病を患ったいう痛ましいニュースを耳にした。昔とは違い治療法も大きく進歩しているというが、少しでもこの老人の快癒の祈りが通じてくれることを切に願う。

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