ボンジャンルイジ・ブッフォン、諸君。
28日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)A組でドルトムントがクラブ・ブルージュにスコア・オブ・レスで引き分けたものの、無事16強に駒を進めることとなった。試合では終始優勢であったが、決め手に欠き消化不良の印象が否めなかった。チームの象徴であるエース香川の温存が今回ばかりは裏目に出たようだ。
香川はチームの構想外ではない?
温存という言葉を聞いて諸君らは違和感を覚えたことだろう。今季の香川はチームの好調とは裏腹にピッチに立つことはおろかベンチ入りすらもままならない状況に陥っているからだ。確かにここまではリーグ戦2試合、CL1試合、DFBポカール1試合の出場にとどまっており、一見すれば主力とは認めづらい。だからといって香川がチームの構想外だと早合点するのはいかにも浅い見方ではあるが、それもある意味仕方のないことだろう。何といってもプロである私ですらつい先日まで香川は居場所を失っていると認識していたのだから。
しかし改めてプロファイリングの焦点を香川単体にではなくドルトムントというチーム全体に当ててみると、そこに新たな戦略的な狙い、さらには香川という存在の巨大さが見えてきた。これは私のような長年フッボルの本質に触れてきたものだけが持ち得るマニアな視点でなければ見出すことができなかった側面だが、その千里眼の神髄を日本の諸君らにも提供したいと思う。
名将も舌を巻くファーヴルの深すぎる戦略
私は先に「戦略的」な狙いと言ったが、これは「戦術的」という言葉とはあえて区別をして使用した。戦術とは試合中における選手の動かし方などの現場的な方策のことだが、戦略とは戦術をも内包した勝利に至るまでの大局的かつ政治的な方策のことを指す。無論、香川は試合中にプレーヤーとして運用しても、チームに相当な利益をもたらしてくれることはその過去の実績が証明している。
しかし今季からドル将(氏は日本のスポーツ新聞にも目を通している)に就任したリュシアン・ファーヴル(ファブレ)はそんな正攻法を採用しなかった。世界でも屈指の指導者と言われている彼はおそらくドルトムントの現有戦力を鑑みたときに、マイスター・オブ・シャーレにはなんとか手が届くかもしれないが、CLのビッグ・オブ・イヤーを掲げるのはムーンサルトでもしない限り掲げることは不可能だと判断したに違いない。そこで彼は何とそのムーンサルトを本当にやり遂げてしまった。
それは香川をプレーヤーではなく、その威厳でもって活用するということだった。ドイツ国内はおろか、今年のロシアワールドカップでコロンビアやベルギーなどを相手に終始脅威を与え続けた香川のフッボルスキルは世界にも深く爪痕を残した。本来であればスカッドを選定する上で断然のファースト・オブ・チョイスとなるそんな香川をあえてベンチに置くことで、対戦チームに「香川が先発じゃないだと、舐めやがって!」とイラ立ちを湧かせ、「香川でさえベンチなのか…」という絶望感、また「香川が投入される後半までに3点差はつけておかないと」というJFKがいた頃の阪神(氏は日本プロ野球愛好家である)のような焦燥感を与え、様々な角度から心理的な圧迫を敵側に加えることができる。その上さらにベンチ外とすれば、相手はもう状況認識が困難となり、半ばパニック状態で試合に臨むことになる。
これは人の心理を利用した実に見事な戦略と舌を巻かざるを得ない。ファーヴルのこのインロウ(印籠。氏は来日時、水戸黄門を惰性で見ていたらしい)として香川を起用する奇策は今のところ凡そにおいて成功している。そのために彼のプレー時間が少なくなることには、監督は意思疎通を密にしてケアしていることだろう。それがうまくいっている証拠に、香川は最近のブログで見事なグラサン姿を披露し悦に入っていた。これはクラブとの関係が良好であることの何よりの証左だ。
アジアカップでも印籠を掲げよ
私はこの香川の印籠ポジションを日本代表でも採用するようにと進言したい。来年1月に迫ったアジアカップでベンチ入りメンバーとして香川の名を連ねておきながら、あえて観客席から観戦させるのだ。世界のビッグ・オブ・クラブですら動揺を隠すことができないその奇怪な状況に、果たしてアジアの国々の選手らは精神に異常をきたすことなくプレーを続けることができるのであろうか。フッボル界に新たなポジションを創造した香川の動向を、実に興味深く今後も追っていきたいと思う。